2020年2月6日木曜日

肩甲背神経(N.dorsalis scapulae)障害の症状及び治療法


A. 肩甲背神経(C5
椎間孔外側部分において、第5頚椎神経から直接分岐する
分岐直後、中斜角筋を貫き肩甲挙筋および大小菱形筋の間を下行して、これらの筋を支配する


B. 発生機序
肩甲背神経は肩甲挙筋や菱形筋などの間を保護されて走行するため、単独での麻痺はきわめてめずらしいが、中斜角筋貫通部において絞扼される事がある
中斜角筋貫通部での絞扼は、頸椎の不安定や日常生活での不良姿勢といった原因により、中斜角筋のoveractivityspasm が出現し、その結果として神経が圧迫される
神経の絞扼により支配筋(肩甲挙筋・大菱形筋・小菱形筋)の筋力低下や萎縮などが生じる


C. 臨床症状および診断
肩甲背神経の絞扼は、肩甲挙筋、菱形筋の麻痺を生じさせる
これ等の筋郡が麻痺すれば肩甲帯は外下方へ変移する
とりわけ菱形筋は体表に存在する大きな筋肉であるため、触診により健側と患側との筋線維の左右差は容易に確認できる
徒手検査法は、肩甲骨を引き上げる動作において、肩甲挙筋の収縮が見られるかを確認する
菱形筋は、肩関節・肘関節屈曲位にて、手掌を腰に当てる
その位置から肘を後方へ引いてもらい、菱形筋の収縮を確認する
C-1.  肩甲背神経の絞扼で痛みは生じるか
肩甲背神経の絞扼は神経に沿った(つまり肩甲骨内縁の)痛みの原因となるといわれているが、肩甲背神経は運動神経であり感覚線維は有していないため、実際に肩甲背神経の絞扼そのもので痛みが出ることは無い
もしその部位で痛みが出るのだとしたら、それは脊髄神経の後枝(特にT2-6レベル)が起立筋郡を貫いて体表に出てくる際に起立筋によって絞扼されることによる
仮に肩甲背神経の絞扼が原因であれば、神経の絞扼が支配筋(肩甲挙筋、菱形筋)の運動機能低下をもたらすことで周辺の血行不全などが起こり、二次的な反射性筋スパズムが起こるためだろう


D. 治療法および予後
肩甲背神経の絞扼が疑われる場合、保存療法としては神経の走行を障害する可能性のある筋緊張を除去する事が第一選択となるだろう
筋緊張を除去する方法として、ストレッチやマッサージ、温熱療法および牽引療法などは効果的である
以下保存療法の方法について簡単な説明をしていく
D-1. マッサージ
まず中斜角筋のマッサージである
中斜角筋をマッサージする際、患者の頸部は対側に最大回旋位とする
中斜角筋の起始部であるC1C6横突起を後方より指腹を当て加圧していく
加圧の強さは神経症状の誘発されない強さを患者から聴取しながら調整し、揺すりながら順次揉捻していく
中斜角筋はC4以下で肩甲挙筋よりも前方に位置するため、斜角筋後縁と肩甲挙筋前縁の間に指を押入れ、前・内方に圧を加える
筋収縮低下を生じた肩甲挙筋と菱形筋のマッサージの理由は、筋ボンプ作用喪失による循環障害に対して血行を改善するためである
肩甲挙筋は、第1-4頚椎横突起から肩甲骨上角へ向かう幅1㎝大の筋腹が触察できる
主にC5-7レベルの体表を走行する部位では触知しやすい
親指ほどの筋線維を横断するように揉捻するか、筋線維に垂直に加圧し、抵抗を感じたところで微かに上下・左右に揺すりながら揉捻していく
菱形筋のマッサージは、第6頚椎から第4胸椎棘突起にかけての起始部を順次揉捻していく
次いで筋腹部を加圧し、最後に付着部を肩甲骨内側縁に向かって垂直に揉捻する
D-2. 神経の滑走改善
神経の滑走改善という考えがある
神経を遠位および近位に引く事で、絞扼部位での神経の滑走を促し、症状を改善させるというものである
方法は頭部を固定した状態で、肩甲骨を最大下垂させて一時停止したら元の位置に戻す
これを数回繰り返す

D-3. 温熱
肩甲挙筋および菱形筋を栄養とする血管は肩甲背動脈(頚横動脈の深枝)である
その頚横動脈で循環障害がおこると、これらの筋肉は筋スパズム、チアノーゼ、運動麻痺等などを生じさせる
温熱等で血液循環を常に良好な状態に保っておく事が大切である

肩甲背動脈であるが、この動脈は肩甲背神経にも枝を伸ばし栄養血管の役割も担っている
頚横動脈の循環を良好に保つ事が、絞扼により損傷された神経線維の改善にもつながる

D-4. 電気
神経の絞扼が長期間続くと支配筋の萎縮が生じる
萎縮のスピードは遅筋に比べて速筋の方がより早く萎縮が進行すると言われている
また神経伝導速度の低下、運動終板の変性なども絞扼により生じる
電気刺激療法は対症療法でしかないものの、神経伝導速度の低下や運動神経終板の変性といった症状を遅らせる事を目的として行う

萎縮した筋の回復ははなはだ遅く、完全に戻るまでには長期を有する

電気療法の端子の配置は、プラスを第4-5頚椎間の側面に、マイナス端子を菱形筋の運動点*に置き、中枢から末梢に向けて電気を流す
電流の強さは最大筋収縮が得られた電気量の70%に設定する
どれくらいの電気量が効果的なのかは一致した答えは出ていない
闇雲に強大な電力を流すことで、皮膚などに火傷を生じさせる事は間違っても避けるべきである

運動点(motor point):運動神経終板が筋と接合する場所の中で、最も電気刺激域値の高い点である
他の部位では通常収縮が起こらない程度の刺激量でも、収縮を引き起こすことが出来る




肩甲挙筋の運動点
小菱形筋の運動点
大菱形筋の運動点
D-4. ストレッチ
中斜角筋おのび前鋸筋のストレッチを行う
中斜角筋のストレッチは主に、緊張によって短縮した筋線維を伸張して、正常な柔軟性を獲得する目的で行なわれる
手技は、一方の手で肩甲帯を下方に牽引し、他方で頚部を伸展・側屈させる

前鋸筋をストレッチする目的は、神経絞扼により肩甲挙筋や菱形筋の萎縮が生じると、肩甲骨の運動において拮抗筋である前鋸筋が伸張されなくなるため、他動的に伸張を行なうのである
患者は腹臥位、上肢を内転・外転中間位とする(上肢を外転位としてベッドサイドに出すと、肩甲骨が外転位を取るため望ましくない)
術者は肩甲骨外縁に指をかけて、肩甲骨を内上方へ牽引する

絞扼により直接障害を受ける肩甲挙筋ならびに菱形筋は、筋線維の弱化により柔軟性が低下していた場合、他動的に伸張を行なってもよい
肩甲挙筋は、肩甲骨を外下方へ牽引した状態で、上位頚椎を肩甲骨上角から離す方向に押す
菱形筋は、両肩関節を最大水平屈曲位(上腕を前方で交差させる)とし、体幹を屈曲させる
ただ、筋萎縮が進行している場合には、無理な伸張により筋線維を傷めない事に注意する















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